沖縄は独特の食文化を持つエリアです。そんな沖縄には、意外と知らない沖縄発祥の食べ物があります。知っているとちょっと自慢したくなる沖縄発祥の食べ物を集めてみました。
「コンビニのフライドチキン」は沖縄発祥グルメだった
フライドチキン大好き県民である沖縄のコンビニに行けば、どこでも大量のフライドチキンがあります。
沖縄県民にとってあまりにも当たり前の光景なので、「コンビニにチキンは当たり前」と思っている人のほうが多いのですが、実はコンビニでフライドチキンを販売するようになったのは沖縄が初めてだったのです。
そもそも・・・沖縄県民にとってフライドチキンは「ご飯の友」であり、れっきとした【おかず】。
おにぎりにフライドチキンという組み合わせはあまりにも定番ですが、晩御飯のおかずに一人一つずつフライドチキンをほおばるという光景も沖縄では比較的よくみられます。
「タコライス」はれっきとした沖縄発祥グルメ
沖縄に来たら一度は食べてみたい人気グルメ「タコライス」も沖縄で生まれました。
タコライスが誕生したのは1984年のこと。当時沖縄本島北部にある金武町にあった「パーラー千里」の創業者である儀保松三が考案したメニューがタコライスの元祖といわれています。
ちなみに、パーラー千里で「タコライス」を頼むと、プレートの上に大量のライスと味付けされたミートがのせられただけの超シンプルなものが出てきました。
一般的にタコライスというと、この基本ベースに「大量のチーズとレタス・トマトの角切りをのせたもの」というイメージが強いのですが、元祖タコライスの店・パーラー千里のタコライスは余計なものをカットした超シンプルなメニューを「タコライス」と呼んでいたそうです。
残念ながらタコライス発祥の店・パーラー千里は2015年6月29日をもって31年の歴史に幕を下ろしています。ただ、その味は今も金武町ほか沖縄本島内で食べることができます。それが「キングタコス」。
今では「キンタコ」の愛称のほうが有名なキングタコスはパーラー千里と同じ経営者だったので、キングタコスの味はパーラー千里のものと全く同じなのです。
懐かしい店の風景を思い出しつつも沖縄県民がほおばるタコライスは、発祥当時から変わることのない味でこれからも長く愛され続けていくことでしょう。
日本の国民食「サツマイモ」も沖縄が発祥の地だった
肌寒い季節になると街のあちこちで聞こえてくる「焼きいも~焼きたて~♪」の声。でもこの冬の風物詩である焼き芋も、サツマイモがなければ成立しません。そんなサツマイモが沖縄発祥だったということはご存知でしょうか?
実はサツマイモはもともと明(中国)で作られていたもので、その苗を日本に初めて持ち帰ったのが琉球(かつての沖縄)の役人だった野國總管(のぐに・そうかん)でした。
当時の琉球は、度々飢饉(ききん)に見舞われていました。
そのため「何か琉球に適した作物はないか」と捜し歩いた結果、ようやく見つかったのがサツマイモ。野國總管(のぐに・そうかん)は、必至の思いでその栽培法を学び、苗を琉球に持ち帰ります。
帰国した總管(そうかん)は、彼の地元である嘉手納町で早速栽培し見事成功させます。これによって一気に琉球中に広まっていったサツマイモが、のちに薩摩藩にわたります。
そして薩摩藩が日本政府に伝えたことによって日本全国に「サツマイモ」が広がっていきました。
そのため「薩摩藩から伝わった芋=サツマイモ」というイメージが強いですが、そもそも薩摩藩にサツマイモを伝えたのが沖縄・・・。
もしもサツマイモが薩摩藩ではなく琉球から直接日本政府にわたっていたとすれば、現在「サツマイモ」と呼ばれているあの芋も「リュウキュウイモ」という名前となっていたかもしれません。
まだまだ沖縄発祥の食べ物はある
実は沖縄発祥の食べ物には、サツマイモのようなルートを経て日本全国に伝わったものがあります。
例えば、砂糖や焼酎、薩摩揚げも・・・ルーツをたどっていくと沖縄が発祥となっています。これは琉球がかつて中国やアジア諸国との貿易が盛んであったこととも関係があります。
ただ、それだけでなく中国から食文化として琉球にわたってきたグルメが、琉球国内で独自の発展を遂げたものもあります。
「沖縄発祥グルメ」を探してみると、沖縄がかつて琉球と呼ばれていた時代からアメリカ軍占領下にあった時代に至るまでの長い歴史の一端を垣間見ることができますよ。
ちなみに沖縄県民にとってフライドチキンは県民食。子供からお年寄りまで老若男女問わずだれもが愛するソウルフードなのです。